【No.20】 抹茶ラテは「日本茶」ではない!お茶大国ベトナムで、伝統的な日本茶が直面する本当の壁

ベトナムでは今、抹茶が若者の間でブームとなっている。だがそれは「日本茶全体」が受け入れられた証ではない。加えて、現地のアンケートやサンプリングは「本音」を映さないという構造的な落とし穴がある。長年の現場経験から、市場調査の限界と、それでも道を開くための視点を語る。


はじめに

日本の地方が丹精込めて育てた農産物には、海を越える選ばれる力がある。だが、それをそのままベトナムの店頭に並べただけでは、安価で新鮮なローカル食材の波に静かに埋もれていく。そして誤解を恐れずに言えば、アンケートを取り、試食会を開き、「好評でした」という報告書を作っても、それは売れる根拠にはならない。なぜか?

長年この市場を見てきた立場から、その構造的な理由を解き明かしたい。

1. 「良いものを作れば売れる」が通用しない国

日本の地方自治体や生産者団体が手塩にかけて育てた農産物。親日国として知られるベトナムへの展開は、多くの企業に大きな希望を抱かせる。

しかしそこには一つの死角がある。農業大国であるベトナムには、安価で新鮮なローカル食材が日常的にあふれている。単に「日本の伝統」や「品質の高さ」をそのまま持ち込むだけでは、消費者の目を引くことは極めて難しい。

これは「日本の食材が売れない」ということではない。多くの場合、ターゲットの心に届く「伝え方」のボタンを掛け違えていることに起因している。「良いものを作れば売れる」という前提を一度手放し、現地消費者の文脈に沿って価値を再定義することが求められている。

2. 刷新運動と物価高が生んだ「シビアな消費者」

現在のベトナム市場を理解する上で欠かせないのが、社会の急速な変化だ。政府による強力な刷新運動が進み、社会全体がクリーンな方向へ向かう一方で、過渡期ゆえの行政の停滞や物価高が市民生活に影を落としている。

こうした環境下で、都市部の消費者の購買行動は劇的に変化した。かつての「日本のものなら、とりあえず買ってみる」というブランド先行の消費からは完全に抜け出している。「これは自分や家族の健康にとって、本当に支払う価値があるものか」を、極めてシビアかつ冷静に見極めるようになっているのだ。

裏を返せば、これは市場が成熟した証でもある。表面的なパッケージやイメージではなく「本質的な価値」を論理的かつ情緒的に証明できれば、強い信頼とともに長期的なリピートを得られる土壌が整っている。

3. 「抹茶ブーム」に隠れた、もう一つの日本茶の課題

具体的なケーススタディとして「日本茶」の市場を見てみたい。ただしその前に、一つ重要な前提を揃えておく必要がある。

近年、ベトナムの都市部では他国に漏れず「抹茶」が明確なブームになっている。カフェの定番メニューとして定着し、特に学生や20代を中心とした若年層のSNS投稿で目にしない日がないほどだ。この事実だけを見て「日本茶はすでにベトナムで愛されている」と早合点するのは危険である。

抹茶ラテの成功は「日本茶をそのまま持ち込んだ」結果ではない。練乳入りコーヒーやミルクティーという、ベトナムに根付いたドリンク文化のフォーマット——甘さ、ミルク、テイクアウト形式、SNS映え——に抹茶という素材を溶け込ませたからこそ広がった、別ルートの「価値の翻訳」の成功例だ。急須で淹れる煎茶やほうじ茶とは、まったく別の商品カテゴリーとして捉えるべきである。

この記事が焦点を当てたいのは、「まだ答えの出ていない」伝統的な日本茶「香りや味わいの繊細さを楽しむタイプのお茶」が、お茶大国ベトナムでいかに価値を伝えるかという問いだ。

ベトナムは、道端で「チャダー(冷たいお茶)」が数円で提供され、水のように日常消費される国でもある。そこにローカル価格とは桁違いに高価な日本茶をどう提案するか。

また、見落とせないのが年齢層によって「響く翻訳」がまったく異なるという点だ。抹茶ラテを牽引するのはSNS映えに敏感な若年層だが、急須で淹れる日本茶のような「自宅でゆっくり味わう」スタイルが響きやすいのは、ある程度の可処分所得と落ち着いた生活リズムを持つ40代以降の層だ。ターゲットが変われば、響くメッセージも出会うべきチャネルも(カフェでのSNS展開か、家庭向けのEC・量販店か)まったく別物になる。

4. ベトナムのアンケートは「本音」を教えてくれない

ここで、マーケティングの実務に向き合う上で、もう一つ正直に語らなければならない問題がある。

サンプリングや試飲会を開き、来場者にアンケートを取る。「おいしかった」「また飲みたい」「友人に勧めたい」、そうした好意的な回答が並んでいても、それはほぼそのまま信じてはならない。これは長年この市場を見てきた経験から、確信を持って言えることだ。

理由は二つある。

一つは、ベトナムの方々はアンケートやサンプリングへの参加に対して「謝礼や対価があるから協力する」という認識を持っていることが多い。参加そのものが一つの取引になっているため、回答は「もらったものへの礼儀」として好意的に傾きやすい。

もう一つは、文化的な背景にある。ベトナムの方々には、相手によく見られたい、相手を悲しませては申し訳ないという繊細な気遣いの意識が強く働く。外国から来た生産者や担当者が期待を持って質問してくれている場面で、「あまり好きではない」「高すぎる」と正直に答えることは、彼らにとって相手を傷つける行為に映りやすい。

その結果、アンケートの回答は往々にして「その場の空気」を反映したものになる。熱心なプレゼンをすれば「良い」と言われ、丁寧なサンプリングをすれば「また飲みたい」と言われる。しかしそれは購買意欲の証明ではない。日本企業がこの落とし穴にはまり、手応えを感じて本格投資したものの、実際の売上が上がらないというケースは少なくない。

5. では、何を「読む」のか。観察が教える本物のインサイト

アンケートが当てにならないなら、どうすればよいか。

答えは「聞く」より「観る」ことに重心を移すことだ。人々が実際に財布を開く場面、説明なしに自発的に商品を手に取る瞬間、そしてリピート購買の有無。これらが「本物の評価」を映す鏡である。

具体的には、試飲会の後に「良かった」と言ったのと同じ人が、次の機会に自腹で同じものを買いに来るかどうか。数週間後に現場を再訪した際、誰がそのコーナーに足を止め、誰が素通りするか。こうした「行動の継続性」こそが、言葉では得られない本音を語る。

加えて、富裕層とアッパーミドルが集まる高級ショッピングモールと、地元の日常が息づく路上カフェという対照的な現場を、年齢層の違いも意識しながら観察することで、「どの層に、どのメッセージで、どのチャネルから届けるか」という設計の輪郭が初めて見えてくる。この地道な観察の積み重ねこそが、言葉で作った仮説を「売れる確信」へと変える、唯一の道筋だと私は思っている。

6. 正直に向き合うことが、確実な第一歩になる

市場のハードルは確かに上がった。しかしそれは「本当に良いものが適正に評価される時代」の幕開けでもある。

アンケートの数字を信じすぎないこと。抹茶ラテの成功を「日本茶が売れる証拠」と混同しないこと。そして、ターゲットの年齢層と生活文脈に合わせた価値の翻訳を設計すること。こうした現場知見に基づく正直な出発点から始めることが、ベトナム市場への確実な第一歩となる。

我々は、四半世紀近い現場経験と現地ネットワークをもとに、日本の皆様が丹精込めて育てた食材がベトナムの地で新たな価値を持つよう、小回りの効くかたちで伴走していく。

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