【No.19】 出張では絶対に見えない。ベトナムに腰を据えた者だけが知る「信頼」の作り方

2000年代初頭、ホーチミンの日系コミュニティは小さな「村社会」だった。24時間が仕事の緊張感の中で育まれた、日越を超えた人間関係。腰を据えた者にしか見えない信頼の本質と、長年の経験が導き出した逆説的な真実を、現地在住24年の視点で綴る。


24時間が仕事だった、当時のホーチミン

当時のベトナムは、まだ発展の助走段階にあった。インフラは未整備、法規制は流動的、情報はリアルタイムで書き換えられていく。そのような環境において、現地駐在員には大きな決裁権が与えられていた。大手企業であればそのスケールも相応に大きく、責任の重さも格別だったが、中小企業の現地法人代表であっても、本社の細かい指示を仰ぐ暇などなかった。判断し、動き、結果を出す。それだけが求められていた。

そして何より、当時の在越日系コミュニティは、今とは比較にならないほど規模が小さかった。ひとことで言えば「村社会」だった。

酸いも甘いも共有する「村」の温度

今のホーチミンを歩けば、至る所に日系企業の看板があり、日本語対応の飲食店やサービスが充実している。しかし2000年代前半は、顔見知りの日本人に街で出会えば、それだけで何か安堵するような感覚があった。

コミュニティの規模が小さいからこそ、情報は早く広まった。誰かのビジネスがうまくいけば、夜の席でその話が回ってくる。誰かが苦境に立てば、翌朝には周囲が把握している。喜びも困難も、「分かち合う」というより「共有されてしまう」空気があった。昼も夜もなく情報交換が行われ、業種を超えた横のつながりが自然に生まれた。

そんな中では、日本人もベトナム人も、大らかな人間関係が育まれていった。まだまだ発展はこれからという時代の空気が、お互いの苦労への理解を自然に促していたのだと思う。路上で生活するベトナムの人々の暮らしはまだ朴訥としていて、カネカネという喧噪とは無縁だった。

発展というのは恐ろしいものだ。あの温度感は、今となっては戻らない。

ベトナムの人々の「懐の深さ」について

長くベトナムで仕事をしてきた身として、正直に書いておきたいことがある。

ベトナムの人々の「懐の深さ」だ。

この24年間で、ベトナム人に騙されたという相談を、近しい方から受けたことは少なくない。投資許可を取得するからと数千万円を前金で預けたが話が進まず、お金も戻らないという深刻なケースにも直接接してきた。そうした話はニュースにもなるし、今もなくならない。

だが私自身の経験は、それとは異なる。名もない小さな会社の日本人として、特別な肩書も後ろ盾もない中で長年やってこられた最大の要因は、良い方々との出会いに恵まれたことだと思っている。そしてその出会いの質を決めていたのは、いつもベトナムの人々の側にある懐の深さだった。

特に、ホーチミンに渡った当初からお世話になってきたアシスタントとは、会社の形が変わった今も、困ったことがあれば連絡を取り合う関係が続いている。ビジネスの利害を超えた、人と人の信頼関係がそこにある。

ただし、これは「腰を据えた者」にしか見えない話だ

ここで、ひとつ大事なことを申し上げなければならない。

これまで書いてきた話は、現地に腰を落ち着けて、事業を営んでいる者に限った話だ。

ベトナムとの業務提携や買い付け、売り込みのために、出張ベースで通い続けている方には、何度足を運んでも見えてこない景色がある。それは能力や熱量の問題ではない。構造的に見えないのだ。

出張者にとってのベトナムは、常に「訪問先」である。アポイントがあり、会議があり、食事があり、帰国がある。その繰り返しの中では、相手はいつも「迎える側」として振る舞い、こちらは「来る側」として振る舞う。その関係性が崩れることは、基本的にない。

腰を据えて住み始めると、まったく違う光景が広がる。相手の素の判断、組織の内側の論理、「今日は機嫌が悪い」という人間的なディテール。困ったときに誰を頼るのか、逆境のときに誰が残るのか。それが見えてくるのは、日常の積み重ねの中でしかない。

信頼というのは、訪問の回数では育たない。時間の密度で育つものだ。

「相手を信じる」ことから始める

ベトナムでのビジネスを語るとき、市場規模、法規制リスク、人件費の水準、サプライチェーンの安定性――そうした要素の分析は当然必要だ。

しかし、現地に根を張った経験から言えば、それ以前に問われることがある。

相手を信じてお付き合いする心構えがあるか。

条件を整えてから信じるのではなく、信じることから関係を始める。この姿勢が、特にベトナムという国においては、長期の信頼関係を生む起点になる。2000年代の話だが、2026年の今も、この本質は変わっていないと感じている。

逆説的な真実:「騙すのは、いつも同じ国の人間だ」

長年、発展途上国でのビジネスに関わってきた経験から、逆説的な真実を一つ。

ある程度発展が進んだ後に、一番騙されるのは同じ国の人間だ。

日本人なら日本人に。ベトナム人ならベトナム人に。これは特定の国や民族への偏見ではない。発展の段階が進み、外国人との取引のリテラシーが上がると、むしろ同国人間での信頼の毀損がより目立つようになる、という現象だ。

ベトナム進出において、現地の日本人コンサルタントやエージェントを全面的に信頼しすぎたことによるトラブルは、実は珍しくない。「日本人だから安心」という先入観が判断を鈍らせる。

私自身、そちら側の人間にならないよう、日々自らを戒めながら活動している。

ベトナムへの第一歩を踏み出す皆さんへ

これからベトナムでのビジネスに本格的に取り組もうとしている皆さんに、たった一つだけ伝えるとすれば、こういうことになる。

腰を据える覚悟があるなら、まず人を信じることから始めなさい。出張の往復の中で答えを出そうとするなら、それは別の方法を考えた方がいい。

ベトナムという国は、関係の深さに比例して、返ってくるものが大きくなる市場だ。24年間、名もない小さな法人の代表として生きながらえてこられた理由を一言で言えば、良い人々に信じてもらえたから、に尽きる。

これからベトナムへの第一歩を踏み出す方の、何らかのヒントになれば嬉しい。

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