【No.18】 ゴールデンルート依存からの脱却 —— リピーター化するベトナム市場を地方へ直接引き込む情報設計

日越間インバウンドは今、大きな構造転換を迎えています。地方直行便の多角化というハードの変化と、日常的なSNS消費というソフトの変化。大都市を経由させずにベトナム人旅客を直接自地域へ呼び込むための本質的な情報動線設計を提言します。


1. 既存の誘客モデルを揺るがす構造転換の兆し

近年の日越間における往来の活性化には目を見張るものがあります。2025年の訪日ベトナム人数は67万8,600人(前年比9.2%増)と過去最高を更新し、現地での消費総額も2,040億円に達するなど、市場が量的な拡大から質的な深化のフェーズへと移行していることを如実に示しています。しかしながら、多くの地方自治体や観光関連事業者が描くインバウンド対策の青写真は、未だに「東京・大阪・京都のゴールデンルートで受け入れた旅客を、いかにして地方へ誘引するか」という後付けの二次誘導戦略に終始しているのが実態です。

私は、この従来型の発想そのものを根本から見直すべき時期が来ていると考えています。なぜなら、航空路線というインフラの「ハードウェア」と、現地の旅行者が行う情報収集・意思決定という「ソフトウェア」の双方が、従来とは全く異なるダイナミズムで変化し始めているからです。このパラダイムシフトの本質を見抜いた地域だけが、巨大都市を経由させることなく、ベトナム市場から直接選ばれる「地方主役の時代」を切り拓くことが可能となります。

2. ハードの変革:地方直行便の多角化がもたらす拠点分散化

ベトナム主要都市と日本の地方空港を結ぶ空路は今、極めてドラスティックに多角化へと向かっています。関係機関の調査によると、2025年夏ダイヤ時点での日越間航空便の復便率はコロナ前比約117%に達しており、その利便性は飛躍的に向上しています。特筆すべきは、主要拠点(成田・羽田・関西)以外の地方空港への直接就航路線の定着です。ハノイやホーチミンといった現地の成長センターから、中部、福岡、広島といった地方の玄関口へ直接アクセスできる定期便が日常的なインフラとして定着し始めています。

これらが意味する本質は、旅行者側における「移動コスト(時間、経済的負担、心理的障壁)」の劇的な圧縮に他なりません。従来の東京経由ルートが二段階の手続きを要する「2ステップ」であったのに対し、地方直行便は直接目的地へと繋がる「1ステップ」で完結します。この構造変化は旅客の行動様式を根底から変容させます。従来の「大都市発ツアーの立ち寄り先としての地方」から、空港そのものを基点として周辺地域を深く周遊する「一次目的地としての地方」への主客逆転が、今まさに現地で起きているのです。

3. ソフトの変革:「日常的SNS消費」が塗り替える意思決定

市場の拡大と並行し、ベトナム人訪日層のプロファイルも急速に変貌を遂げています。最も顕著な兆候は、複数回にわたり日本を訪れる「リピーター層」の比率が確実に上昇している点です(2019年の30.3%から2025年には38.1%へと大幅上昇)。初めて日本を訪れる層が多数派であった時代から、徐々に「既知の主要都市を経験し、まだ見ぬ日本の深部を希求する層」へと重心が移りつつあります。彼らは、型に嵌ったパッケージツアーを離れ、独自の価値基準で旅先を選択する個人旅行の需要を増加させています。

こうした「旅慣れたベトナム人」の旅先選びを支配しているのは、旅行代理店のパンフレットでも、Google等の検索エンジンでもありません。ベトナム国内におけるインターネット人口の浸透およびスマートフォンの普及率は東南アジアの中でも驚異的な高水準にあり、特に現地の消費者は可処分時間の多くをスマートフォンの画面、とりわけ動画を主軸としたSNSプラットフォームに投資しています。

地方の観光誘致施策において頻繁に見受けられる致命的な誤謬は、「多言語対応のウェブサイトを構築した」という事実のみで満足してしまう点にあります。しかし現地の消費者は、ブラウザを開いて能動的に検索キーワードを打ち込むような行動をほとんど取りません。彼らの旅先選びは、スマートフォンのフィード上を流れる魅力的なショート動画に「偶然出会い」、そこから感情を揺さぶられて始まります。そして、Facebook等に形成されている信頼性の高いコミュニティ内の「生きた口コミ」を通じて検証し、意思決定へと至るのです。すなわち、検索型の「プル」ではなく、タイムライン型の「プッシュ」による情報接触が完全に主流となっています。

4. 実戦から導き出す、地方基点のクロスボーダー誘客戦略

これら「地方直行便の拡充」というハード面の変化と、「日常的SNS消費」というソフト面の変化を掛け合わせることで、地方が打つべき具体的な一手が見えてきます。それは、自地域の空港に降り立った旅客の視点に立ち、彼らのスマートフォンの中に「その地域へ行くべき必然性」をあらかじめ滑り込ませておく、緻密な情報動線の設計です。KPCでは、経験値と現地ネットワークに基づき、以下の3つのアプローチを提言します。

① 空港基点の「低ストレス・マイクロツーリズム」動線の視覚化

直行便を降りてから長時間の移動を強いるのではなく、「空港からわずか数十分」という物理的・心理的ハードルの低さを強調したショート動画コンテンツを現地語で集中的に投下します。空港から目的地までの具体的な移動プロセスを「見える化」することで、地方都市特有の体験が急激に現実味を帯びてきます。

② 「コミュニティ型KOL」を軸とした、面的な信頼感の醸成

単一の著名インフルエンサーに多額の予算を投じる従来型の手法は、現在のベトナム市場においては必ずしも費用対効果を最大化できません。それよりも、特定のコミュニティに対して強い影響力を持つマイクロKOLを複数起用し、実際に現地を旅した際の「驚き」をベトナム語のリアルな言葉遣いで語らせる方が、はるかに高いエンゲージメントを獲得できます。熱量の高い口コミがコミュニティ内で循環する環境をデザインすることが肝要です。

③ 現地のカレンダーに同期した高精度なコンテンツ配信

ベトナム独自の大型連休(旧正月であるテト休暇や春季の連休など)と、日本の地方が持つ四季の美しさ(桜、新緑、紅葉、降雪など)を精緻に掛け合わせた配信スケジュールを策定します。旅客が航空券を手配しようとするまさにそのタイミングに合わせて、特定の地方空港への直行便情報と現地の魅力的な情景を一体化させたコンテンツを届けることで、潜在需要を顕在需要へと昇華させることが可能となります。

5. 結び:「点」の誘致から「動線」の統括へ

クロスボーダーの地域振興において最も避けるべきは、航空路線の確保を担当する部門と、観光PRを担う部門が、それぞれの予算や戦略をバラバラに運用してしまう縦割りの構図です。せっかくの強力な直行便というインフラが存在しながら、それが現地の消費者のスマートフォン画面と繋がっていなければ、存在しないも同義となってしまいます。

「いかにして我々の地域へ来てもらうか」という供給者側の視点から脱却し、「ベトナム人旅行者が日常的に眺めている画面の中に、いかにして我が町の魅力を自然に潜り込ませるか」というインサイトへの転換。これこそが、大都市を経由しない新しいインバウンドの潮流を自らの地域へと引き込むための鍵となるのです。

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