第3話(最終話)答えは「Yes and No」——移行期に問い続けることの意味
「法整備が進んでいる」「グレーゾーンが減った」。こうした評価は本当に正しいのか。データを見ると、楽観論に疑問符がつく。
ジェトロの2024年調査によれば、ベトナムに進出している日本企業の62%以上が「行政手続き、特に許認可手続きに時間がかかりすぎる」と回答し、58%近くが「法制度の未整備と不明確さ」を指摘している。土地関連の投資プロジェクトでは、書類取得に1年以上かかることもあり、30から40もの公式承認が必要になるケースがあるという。
さらに注目すべき動きが2025年12月に報告されている。駐在員の労働許可を巡り、「法令上明確な定めのない制限」をベトナム政府が日系企業に提示し、実務上の影響が出ていることをジェトロが報じた。明文化されたルールが整備される一方で、「法令に書かれていない暗黙の制限」が新たに生まれている。旧来のグレーゾーン問題が形を変えて継続している可能性を示す、重要な事例だ。
国際的な評価はさらに厳しい。国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」の腐敗認識指数(CPI)では、ベトナムは2022年の77位(42ポイント)から2023年には83位(41ポイント)、2024年には88位(40ポイント)へと、2年連続で順位を後退させている。
皮肉なことに、この後退は「反腐敗キャンペーン」が最も激化した時期と重なる。同機構は、注目度の高い腐敗防止キャンペーンが批判的な声の排除によって妨害されており、その持続可能性が損なわれていると指摘している。規制が強化され罰則が重くなっても、それを恣意的に運用できる裁量が残っている限り、腐敗は形を変えながら生き続ける。「ルールがある」ことと「ルールが公正に運用される」ことは、まったく別の次元の問題なのだ。
大規模な行政機構再編も、移行期には混乱を生む。担当窓口が変わり、従来の手続きルートが機能しなくなる。誰が権限を持つかが不明確になる。その空白を埋めるのが、しばしば「暗黙のルール」だ。
ベトナムはもうルールのある国となったのか。
答えは「Yes and No」だ。
「Yes」の側面。法整備のスピードは本物であり、規制の網の目は確実に細かくなっている。成長の数字も嘘ではない。2025年のGDP成長率8.02%、名目GDPは約5,140億ドル、外国投資の流入も続いている。ベトナムが本気で高所得国を目指していることは疑いようがない。
「No」の側面。ルールが増えることは、必ずしもルールが公正・透明に運用されることを意味しない。腐敗認識指数の2年連続後退が示すように、制度化と透明性向上は別のプロセスだ。明文化されたルールの外に「暗黙のルール」が残り続ける限り、外から見える「ルール化」は表層に留まるリスクがある。
見落としてはならないのが、成長の「質」の問題だ。米国向け輸出はGDPの約30%を占め、貿易摩擦の影響を受けやすい外需依存の構造は変わっていない。都市部の活気と地方部・低中所得層の実態格差も、統計の数字には映りにくい形で広がっている。
この移行期こそ、最もリスクが高い時期だ。「ルールがないことのリスク」から「ルールが多すぎることのリスク」へ、そして「ルールの解釈が担当者次第であるリスク」へ。リスクの性質が変化しているだけで、リスクが消えたわけではない。
では、私たちはこの現実とどう向き合うべきか。答えはシンプルだ。「なぜ?」という問いを手放さないことだ。なぜこの許認可がこれほど時間がかかるのか。なぜこの規制がこのタイミングで施行されたのか。なぜ担当者によって言うことが違うのか。その「なぜ」の積み重ねが、表層の数字では見えない現場の実態を浮かび上がらせ、長期的な事業成功への羅針盤となる。
ベトナムへの投資や事業展開を検討されている方、あるいは現地で苦労されている方。変革期のベトナムには、数字と現場の両方を知る視点が不可欠です。そのような方はぜひ一度、お声がけください。
※本シリーズは、ベトナム24年の駐在経験と、ジェトロ調査報告、トランスペアレンシー・インターナショナル腐敗認識指数(CPI)、ベトナム政府発表データ等の公表情報をもとに執筆しています。
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