【No.10】 「5割の理解」が繋ぐ信頼――言語の変遷から読み解くベトナム・コミュニケーションの核心

黎明期の「通じない」苦労から、高度な多言語人材が躍動する現代へ。言語とコミュニケーションの変遷から、ベトナムビジネスの本質を鋭く考察します。


2,000年初頭、ベトナム市場の黎明期における人材採用は、大げさに言えばまさに「大海からメダカを探す」ような困難なものでした。当時、日本語や英語を操る人材は希少であり、中小企業の進出においては、まずは言葉の通じるアシスタントを一人確保し、彼らを介して技術スタッフと意思疎通を図るのが常套手段でした。

しかし、そこで直面したのは、単なる「翻訳」の壁だけではありませんでした。驚いたのは、ベトナム人スタッフ同士、つまり同じ母国語を持つ者同士の間でさえ、正確な意思疎通が図れず、アポイントの調整すらままならないという光景が日常的に起こっていました。

当時のベトナム語は、現代に比べれば語彙が限られていたように感じられます。社会情勢の影響もあり、言葉そのものの進化が静止していた側面もあったのでしょう。私は、このコミュニケーションの不完全さと、その後の言語の爆発的な進化こそが、ベトナムの「自力」を底上げした大きな要因の一つではないかと考えています。

かつてのベトナムには、コミュニケーションの「ズレ」を許容する独特のグラデーションが存在しました。白黒を明確にすることを旨とするビジネスの場では、それは時に大きなストレスとなりましたが、今振り返れば、その曖昧さは時間の流れの緩やかさと、ある種の心豊かな国民性を裏打ちされた「情緒」でもありました。

翻って現在、ハノイやホーチミンの街には、英語をネイティブ並みに操り、ビジネスレベルの日本語を使いこなす優秀な若者が溢れています。ここで示唆に富むのが、与那覇潤氏の著作『翻訳の政治学』における「相互の理解が5割程度である方が、かえって大きなハレーションを防ぎ、関係が安定する」という視点です。

かつての「通じないもどかしさ」が図らずも生んでいた関係の安定は、今や高度な言語能力による「主張の対立」へと形を変えつつあります。ベトナムは今、個のアイデンティティを重んじ、各々が自らの意見を強く発信するフェーズへと突入しました。

私たちのように長く現地に身を置く者ほど、かつての「古き良きベトナム」の面影を追い求めてしまいがちです。しかし、ベトナムの人々の辛抱強さや懐の深さに甘える時代は終わりました。彼らや国の進化を正当に評価・理解し、真の意味で対等な「ギブ・アンド・テイク」の姿勢を貫くこと。それこそが、成熟した現在のベトナム市場で我々が取るべき、最も本質的なアクションであると確信しています。

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